サロニエールとは?
19世紀のパリは、17世紀、18世紀に続いて、知的・芸術的な交流が非常に活発だった時代であり、その中心となったのが「サロン」と呼ばれる私的な集まりです。これらの集まりは、パリ社交界に君臨した宮廷・大使館の周囲をとり囲み星々のようにきらめきながら、それぞれが独自の個性を放っていたのです。
19世紀のサロンでは音楽がこれらの集まりの基本的活動でしたが、17世紀・18世紀のサロンでは、文芸・哲学・芸術・政治などのトピックが熱く語られました。彼女たちは単なるホステス(女主人)ではなく、知識・教養・社交的手腕を駆使して、多くの芸術家・作家・政治家・思想家たちを結びつける「文化的キュレーター」の役を果たしていました。これらのサロンを主催した女性たちが「サロニエール(salonnière)」と呼ばれる存在です。
19世紀パリのサロン文化の背景
パリのサロン文化は、遠く16世紀のアンリ4世時代に始まりますが、サロン文化は18世紀末のフランス革命後、19世紀になっても豊に継承されていきます。19世紀後半、ヴァレリーやマラルメなどの文学者が活躍した時代を経て、20世紀初頭のサロンの様は、有名な『失われた時を求めて』(M.プルースト)の中でも描かれています。以下に19世紀のサロン文化存続と継承の文化的・社会的背景をまとめておきましょう。
- フランス革命(1789年)以降:貴族社会が変質しつつも、サロン文化はブルジョワジーや知識層の間に根強く残った。
- ロマン主義・象徴主義・写実主義などの台頭:芸術・文学の発展とともに、サロンが重要な出会いの場としての役割を果たした。
- 女性の社会的制約:公的な政治参加が制限されていた時代に、サロンは女性が影響力を持てる数少ない舞台だった。
19世紀前半期パリのサロン
(1)復古王政時代のサロン
『マイエ侯爵夫人の回想録』 フォブール・サン=ジェルマンの貴族たち 復古王政時代のサロン
(2)七月王政時代のサロン
フォブール・サン=トノレの貴族たち 七月王政時代のサロン
(3) ショセ=ダンタン地区のサロン
最新流行の発信地 ショセ=ダンタンのサロン
(4) 政治家・政治色の強いサロン
(5) 芸術色の強いサロン
(6)サロンの客人たち(レカミエ夫人の場合)
(7)19世紀前半期サロンの特徴と社交界のネット・ワーク
詳細は「アルテの泉(研究・出版)」(1)復古王政時代のサロン (2)7月王政時代のサロン (3)ショセ・ダンタン地区のサロン
代表的なサロニエールたち
以下では、19世紀前半期パリの主要なサロニエールたちの特徴、役割について紹介します。
1. スタール(Germaine de Staël, 1766–1817)夫人
- 政治思想家・作家。サロンを政治討論の場としても活用。
- ナポレオンに対して批判的で、亡命生活の中でもサロン活動を継続。
- 自由主義思想を広める重要な存在。
2. ダグー(Marie d’Agoult, 1805–1876)伯爵夫人
- 作家としては「ダニエル・ステル」名義で執筆。
- フランツ・リストの愛人で、音楽家・作家・知識人が集うサロンを主催。
- 社会問題や女性の地位向上についても関心を持っていた。
3.メルラン伯爵夫人
4. ベルジョイヨーゾ公妃
5. マティルド公妃
サロンの客人たち(レカミエ夫人の場合)
最近レカミエ夫人が若い女性たちの間で知られ始めています。レカミエ夫人は貴族出身ではありませんでした。いわゆる平民でした。けれど年の離れた銀行家(実父だったらしい)と結婚し、ナポレオン時代から王政復古期にかけて開いた彼女のサロンは時の王族・貴族をはじめ、数多くの著名人を惹きつけたことで有名です。大変な美貌と知性で多くの著名人(シャトーブリアン、コンスタン)との交流がありました。彼女のサロンは「優雅なロマン主義」の中心地であったと言えるでしょう。
王族・貴族
政治家・軍人
学者・文人
芸術家
文化・政治への影響
- 芸術・文学の発信地:詩人、作家、画家が新作を朗読・披露する場。
- 政治的意見の形成:特に王政復古期や七月王政期には、政治的討論の場として機能。
- 女性の社会進出の一形態:公式の場で発言できない女性たちが、サロンを通して間接的に影響力を持った。
現代への影響
- フェミニズム研究では、**「女性の知的ネットワーク形成」**として再評価。
- 文化サークルや知識人のネットワークの原型ともいえる。
- 彼女たちの役割は、現代の文化プロデューサーや編集者にも通じる。
